米国・新国防戦略と日本の使命

日本は「ジョイント・エア・シー・バトル」(空海統合戦略)に呼応し、海上・航空戦力を増強し海洋国家としての責任を果たせ

●日本は「ジョイント・エア・シー・バトル」(空海統合戦略)に呼応し、海上・航空戦力を増強し海洋国家としての責任を果たせ

オバマ米大統領は2012年1月5日、国防費削減に対応するための新国防戦略を発表した。新戦略のポイントは、第1に米軍が冷戦終焉後、約20年間にわたって維持してきた2つの紛争に同時対処する「2正面作戦」を放棄したこと、第2に中国の軍事的台頭を見据えアジア・太平洋地域重視へと転換したことである。総じて言えば、財政危機がもたらした軍事後退と言ってよい。米経済が復活しなければ、さらなる後退もあり得ると見ておかねばならない。日本は防衛力増強とりわけ米新戦略の要となる「ジョイント・エア・シー・バトル」(空海統合戦略)に呼応し、海上・航空戦力の増強へと転換する必要がある。

●中国の接近阻止戦略を打ち破る構想

新国防戦略はイラク駐留米軍の完全撤収とアフガニスタンからの段階的撤収を受けて大幅に地上戦力を削減するものである。地域別に見てみると、脅威が軽減している欧州や中南米の戦力を削減し、逆にアジア・太平洋地域においては中国の軍事的台頭を見据えて重視していく。それは「米国の経済、安全保障上の利益は西太平洋から東アジア、インド洋、南アジアに至る弧における動きと密接に関連している」(オバマ大統領)からである。そのためにアジア太平洋地域に米軍の戦力を重点配備するというものである。とりわけ陸軍兵力を減らし、有事の際に米軍の接近を阻止しようとする国家(すなわち中国)に対抗する「ジョイント・エア・シー・バトル」(空海統合戦略)の推進に力点を置くのが新戦略の最大のポイントである。
これは東アジア太平洋の覇権を狙う中国のA2AD(Anti‐Access/Area‐Denial)戦略すなわち米軍の「接近阻止」「海域拒否」に対抗するものと言ってよい。中国は接近拒否能力を高め、米本土やハワイ、グアム、横須賀などの在日米軍基地から西太平洋の制圧のために来援する米軍をできるだけ中国沿岸の遠方海域で打撃し、近寄れないようにしようとしている。いわゆる「第2列島線」内の海域で、米軍が自由な作戦行動を取れないように地上発射型の対艦弾道ミサイル(ASBM=いわゆる空母キラー)を配備し、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦にはSSN22サンバーン対艦ミサイル、キロ級潜水艦にはSSN27シズラー対艦ミサイルなどを配備し、中国沿岸から最大1000カイリ(1852㎞)離れた敵の艦船に対処できる能力を保有して米空母を含む西太平洋の米艦船を攻撃する。そのために空母の配備も急いでいる。南シナ海においては海南島を重要戦略拠点と位置付け、弾道ミサイル搭載可能な原潜基地を完成させ、南シナ海に潜水艦を隠密に出撃させる潜在力を持たせる。すでに射程1500㎞の地上発射型対艦弾道ミサイル海南島の海軍基地に配備し、海南島からほぼ1500㎞先にあるマラッカ海峡を標的に据えている。
そこで「ジョイント・エア・シー・バトル」は、中国の対艦弾道ミサイルや空中発射の巡航ミサイルなど精密誘導兵器に対処するために、空軍と海軍を一体的に運用する。具体的には①中国のミサイル部隊を破壊するための新型の長距離戦略爆撃機無人爆撃機の開発②レーダーに探知されにくいステルス性の高い空軍機と潜水艦による共同作戦③ミサイル攻撃回避を狙いとした米衛星の軌道変更機能の向上④サイバー攻撃による反撃⑤米軍嘉手納基地(沖縄県)など在日米軍基地の防護強化−などを進める。すでにオバマ大統領は昨年11月、オーストラリア・キャンベラの豪国会でアジア太平洋政策に関する包括的演説を行い、「アジアでのプレゼンス(存在)と任務は最優先課題」と位置付け、同地域での経済・外交・安全保障上の役割を長期にわたって拡大していくと明言している。
豪州とは米豪安全保障条約(アンザス条約)に基づき①ダーウィンインドネシアに近い豪北部)の豪州軍基地に米海兵隊の空陸任務部隊を6カ月交代で常駐させ、将来的には常駐規模を2500人にする②米空軍機が豪北部の基地を利用する回数と規模を拡大する―など軍事協力を拡大することに合意している。また昨年10月にはパネッタ国防長官が日韓インドネシアを歴訪し、「ジョイント・エアー・シー・バトル」の概要を示して、連携強化を求めた。

●「2正面作戦」の放棄で東アジアに危機

問題は同構想を推進する財政保障があるかということである。財政危機がさらに深まった場合、より一層の軍事費削減を迫られかねない。米議会は昨年8月、総額2兆5000億ドル(約192兆円)の財政赤字削減を目指す法律を成立させ、国防費は今後10年で約4900億ドルを削減することになる。同11月には米財政赤字削減を巡る超党派協議が決裂し、米連邦予算は2013年度から強制一律削減という異例の措置が発動される見通しが濃厚である。そうなれば国防費は10年間で1兆ドル(約77兆円)削減されることになり、このままでは「米軍は空洞化し、張子の虎になる」(パネット国防長官)という事態に陥りかねない。
いずれにしても米国が「2正面作戦」を放棄した意味は小さくない。オバマ大統領は「2正面」を放棄する代わりに、ひとつの紛争に対処している間に「第2の地域」で敵に戦争を起こさせないため「抑止し、屈服」させる能力を保持すると言明したが、国際情勢はそんなに甘くない。仮に中国とイランが結託し、東アジアと中東の「2正面」で同時紛争を起こした場合、米国は中東(すなわち欧州)か、それとも東アジアか、二者択一を迫られかねない。その場合、東アジアが切り捨てられないか、危惧を残している。日本はこの現実を直視し、防衛力増強へと舵を切らねば、安全が担保されない。

●まやかしの軍縮・防衛大綱から脱せよ

日本は日米同盟を柱に豪州、韓国などとも連携し、海洋進出が目立つ中国に対処することを基本戦略に据えてきた。今回、米国の新国防戦略を受け防衛省自衛隊と米軍の共同訓練や基地共同使用など「日米一体化」を加速させる必要があるとしている。菅政権時に策定された「防衛計画の大綱」(2010年)では、「ジョイント・エア・シー・バトル」構想に連動した海・空自衛隊の重視策を打ち出し、自衛隊部隊を全国に均等配置する冷戦型の「基盤的防衛力構想」から機動性・即応性重視の「動的防衛力」に転換するとし、南西諸島防衛の強化も強調した。
だが、重視するとした海上兵力の増強はまやかしに近い。潜水艦を16隻体制から22隻体制に増やすとしているが、これは通常16〜18年で退役するのを「定年延長」で対応するもので、新造はこれまでどおり1年1隻にとどめている。つまり護衛艦や潜水艦などの延命措置で防衛力強化を図っているだけである。これでは、「ジョイント・エア・シー・バトル」構想に連動できず、日米同盟の深化は不可能に近い。
加えて沖縄の普天間問題が同構想の足を引っ張りかねない。例えば、米軍は普天間飛行場にヘリ型輸送機V22オスプレイの配備と嘉手納飛行場へのF22(ラプター)のローテーション配備を求めている。いずれも同構想の一環である。V22オスプレイ海兵隊の従来ヘリより航続距離で約3・4倍、速度で約2・3倍の能力があり、中国沿岸部や内陸部の武漢までも行動範囲に収めることができ、強力な対中抑止力となる。また米空軍のF22はステルス性能に優れ、敵のレーダー網をかいくぐり適地攻撃が可能で、中国と北朝鮮、ロシアに睨みが効く。だが、いずれの配備も沖縄側が難色を示している。これらの配備をスムーズに進めなければ、わが国は「ジョイント・エア・シー・バトル」構想から取り残されることになろう。
日本は「ジョイント・エア・シー・バトル」(空海統合戦略)に呼応し、海上・航空戦力を増強し海洋国家としての責任を果たさねばならない。


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